技術経営(MOT)とは?中小企業が未来を切り開くためのヒント
目次
なぜ今「技術経営」なのか
日本経済は、かつて高度経済成長期のように「人を増やして工場を建てれば成長できる」時代ではなくなりました。少子高齢化や人口減少により、資本や労働の量を拡大して成長することは難しい。だからこそ今、注目されているのが「技術進歩」です。
企業にとって技術は、製品やサービスの差別化の源泉であり、競争優位を築くための重要な資源です。しかし、優れた技術を持っているだけでは勝てません。市場が求める形に落とし込み、事業として展開し、利益を生み出す仕組みにしなければ、せっかくの技術も活かされないまま埋もれてしまいます。
こうした課題に対応するために生まれた考え方が「技術経営(MOT: Management of Technology)」です。
技術経営とは何か
技術経営とは、技術を経営資源として戦略的に活用し、企業価値や競争力へと結びつけるマネジメントのことを指します。1970年代にアメリカで誕生し、GE社の研究所運営の知見が出発点とされています。その後、日本でも1990年代から大学院にMOT専攻が設置されるなど、企業経営の重要分野として広がってきました。
技術は知識であり、物財と違って「使っても減らない」「他者に模倣されやすい」という特性があります。そのため、ただ研究開発を進めるだけではなく、「どう活かし、どう守り、どう差別化につなげるか」という視点が不可欠なのです。
技術とイノベーションの種類
イノベーションには大きく2つの方向性があります。
プロダクト・イノベーション:新しい製品やサービスを生み出す革新
プロセス・イノベーション:既存の製品を効率的に生産するための工程革新
例えば、パチンコ・パチスロ業界でいえば、大画面液晶や新しいゲーム性を生み出すのはプロダクト・イノベーション。一方、製造ラインの自動化や部品の標準化はプロセス・イノベーションにあたります。
さらに、クリステンセンが提唱した「持続的技術」と「破壊的技術」も重要です。
持続的技術:既存製品の性能をさらに高める技術(例:カメラの画素数向上)
破壊的技術:短期的には性能が劣っていても、新たな価値で市場を一変させる技術(例:フィルムからデジタルカメラ、ガラケーからスマホ)
既存顧客の声ばかりを追いかけていると、破壊的技術を軽視し、市場から退場する「イノベーションのジレンマ」に陥るリスクがあります。
製品アーキテクチャと戦略
製品の設計思想=「製品アーキテクチャ」も、技術経営における重要な論点です。
クローズド戦略:独自規格を囲い込み、自社の優位性を維持
オープン戦略:規格を公開し、業界標準化を進めることで市場を拡大
モジュラー型:部品をモジュール化し、組み合わせで全体を構築(例:パソコン、自転車)
インテグラル型:部品同士を摺り合わせ、全体最適を追求(例:自動車、オートバイ)
自社の技術をどう位置づけるかによって、戦い方も大きく変わります。
コモディティ化と差別化の壁
技術や製品が一般化すると「コモディティ化」が進みます。機能面での違いがなくなり、価格競争に陥りやすくなるのです。例えば、かつて液晶テレビの液晶パネルや、PCのCPUは「キーデバイス」として企業の差別化要因でした。しかし現在では中間財市場で容易に調達できるようになり、差別化の源泉にはなりにくくなっています。
こうした環境では、製品そのものではなく「サービス」「ブランド」「顧客体験」といった周辺要素で差別化を図る必要が出てきます。
メーカーの多様な業態と技術経営
製造業といっても、その業態は一枚岩ではありません。技術経営を考えるうえで「どのポジションで戦うか」を明確にすることが重要です。代表的な業態を整理すると次のとおりです。
OEM(Original Equipment Manufacturing)
相手先ブランドの製品を製造して供給する形態。量産力や品質管理力が強みだが、自社ブランドを育てにくい。
ODM(Original Design Manufacturing)
製品の設計から製造までを請け負い、相手先ブランドで販売される形態。OEMより付加価値が高く、技術力が評価される。
EMS(Electronics Manufacturing Service)
電子機器に特化した製造請負企業。PCやスマホの組立を担うが、収益性が低く「スマイルカーブの谷」にあたる部分。
ファブレス(Fabless)
工場を持たず、製品の企画・設計に専念する企業。半導体設計企業が代表例で、製造は外部に委託する。
ファウンドリー(Foundry)
顧客の設計図をもとに半導体などを製造する専門企業。台湾TSMCのように世界的に影響力を持つ企業もある。
中小企業にとっても、「自社はOEMで満足するのか?ODMに進むのか?それとも独自ブランドを育てるのか?」という業態選択は経営の方向性そのものを左右します。
スマイルカーブと収益構造
電子機器産業を例にすると、「スマイルカーブ」と呼ばれる収益構造が見られます。
・川上(研究開発)と川下(販売・サービス)は収益性が高い
・中央の「組立・製造」は収益性が低下しやすい
その結果、多くの企業がOEMやEMS、あるいはファブレス・ファウンドリーといった形態で役割を分担しています。中小企業が生き残るには、「自社はどの位置で利益を確保するのか」を見極める戦略眼が欠かせません。
研究開発の3つの壁
技術を事業化する過程には、よく知られた「3つの壁」が存在します。
魔の川(デビルリバー):基礎研究から応用研究へ移すときの壁
死の谷(デスバレー):開発から事業化に進む際の資金・人材不足の壁
ダーウィンの海:事業化後に市場競争を生き残れるかどうかの壁
特に中小企業では「死の谷」が深刻です。せっかく良い技術があっても、資金調達や販路開拓ができずに立ち消えになるケースは多い。これを乗り越えるには補助金や金融機関の支援、他社との連携が欠かせません。
中小企業にとっての実践ポイント
大企業だけでなく、中小企業にも技術経営は有効です。むしろ、リソースが限られているからこそ戦略的に取り入れる価値があります。
強み技術の見える化:自社の「得意」を言語化し、経営戦略に位置づける
外部連携:大学、公設試験研究所、大手企業との共同研究を積極活用
ニッチ市場戦略:小回りを活かし、大手が参入しにくい分野に集中
技術ロードマップの作成:将来の方向性を可視化し、投資を計画的に行う
段階的投資:試作・実証を重ねてリスクを抑える
人材育成:技術と経営の両方を理解できる“橋渡し人材”を育てる
これらを意識するだけで、技術を「持っているだけ」で終わらせず、事業化につなげられる可能性が高まります。
最新トレンドと技術経営
2020年代に入り、技術経営はさらに新しい文脈と結びついています。
DX(デジタルトランスフォーメーション):データやAIを活用した技術戦略が企業成長の鍵に
オープンイノベーション:社内だけでなく、大学やスタートアップと連携することで新しい価値を創出
サステナビリティ:環境技術や脱炭素化が新しい競争軸に
生成AIやIoT:情報技術の進化が従来のモノづくりを大きく変える
中小企業もこうした潮流を無視できません。小さなリソースでも、外部技術を取り入れることで新しいチャンスを掴むことが可能です。
まとめ
技術経営(MOT)は、技術を経営資源と位置づけ、事業や企業価値に結びつける考え方です。破壊的技術の登場やコモディティ化、スマイルカーブの収益構造など、企業を取り巻く環境は厳しさを増しています。
しかし同時に、中小企業にとっては「強みを活かして差別化できるチャンス」でもあります。研究開発の3つの壁を意識しつつ、外部連携や段階的投資を組み合わせれば、技術を事業化し、未来へとつなげていくことができます。
技術経営は決して難解な理論ではなく、「技術をどう活かすか」というシンプルな問いに対する実践的な答えです。中小企業こそ、この考え方を武器に、変化の激しい時代を勝ち抜いていきましょう。